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2022.02.15
更新日:
2017.04.25
全6回 【連載】徹底解説!「強いIT部門」を作るための業務改善TIPS 《連載:第4回》 業務変革に導いたIT戦略の秘密とは。ITサービス管理の改善が企業を変えたユースケース【製造業A社の場合】
IT部門の使命は、ビジネス部門に必要なITサービスを安定的に提供し、会社に貢献していくことです。一方で、実際にはさまざまな課題により、うまく機能しない例も散見されます。IT部門が直面する課題の解決において、指針のひとつとなるのが「ITIL(Information Technology Infrastructure Library)」です。今回は、ITILに精通したクレオのITサービス管理エキスパート 井上誠が、IT部門のサービス改善のユースケースを紹介していきます。
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ITサービスを安定的に運用管理する指針
いまや企業のビジネス部門にとって、ITは事業戦略を遂行するために欠かせない重要な要素です。IT部門には単に求められるシステムを構築・運用するだけでなく、ITの立場からビジネス部門が必要とするサービスを能動的に提供し、運用管理していく姿勢が求められます。
ビジネスに貢献するITサービスを安定的に運用管理するための指針として、標準的に用いられているのが「ITIL」です。ITサービス管理のベストプラクティスを体系化したガイドラインとして用いられおり、現在は「ITIL 2011 Edition」が最新版となっています。
このITILをITサービス管理の業務にうまく適用することができれば、IT部門が抱えるさまざまな課題を解決することが可能です。実際に世界中の多くの企業や組織がITILを規範にIT部門の改革に取り組み、成果を上げています。
一方、日本でのITIL活用例に目を向けてみるとどのような事例が起きているのでしょうか。製品製造・物流など業態を問わず、国内企業のITサービス管理の改善に長く携わってきた井上が、実際に課題解決に取り組んだユースケースをご紹介します。IT部門がどのように改善していけばよいのか、そのヒントを探してみましょう。
拠点単位の縦割り組織が抱える課題
製造業のA社は、全国に複数の生産拠点(工場)と支社・営業所を持つ企業です。A社は古くからIT化に取り組み、ホストコンピュータによる製品管理、販売管理などの業務システムを拠点単位で構築・運用してきました。
順調に事業規模を拡大してきたA社でしたが、国内市場の成長が徐々に鈍化するにつれ競合他社との競争が激しさを増しています。厳しい経営状況を立て直すために、A社は中期経営計画の中でITをさらに活用したビジネスイノベーションに取り組むことにしました。
ところがA社の各部門は長年、拠点単位の縦割り組織になっており、業務システムもそれぞれのビジネス部門内で個別に構築された、いわゆるサイロ化された状態だったのです。この状態は、IT部門も例外ではありません。また、IT部門とビジネス部門とのコミュニケーションも円滑とは言えず、IT部門が自社内のすべてのITシステムを把握できていないという状況でした。
古くからITを推進してきた事実とは裏腹に、A社の実態はこのような旧態依然とした組織体系だったのです。ITを活用したビジネスイノベーションに取り組もうとしても、A社のIT部門はITの立場からビジネスを理解し、施策を提案できる状態ではありませんでした。さらに縦割り組織の弊害により情報共有が阻害され、異なる拠点の同一業務に対して似たようなシステムを個別に導入するなど無駄なコストが発生するという問題も起きていました。
経営戦略と事業戦略を踏まえたIT戦略を企画
このようなIT部門の課題に気付いたA社でしたが、具体的な対応策が自社では思いつきません。このような場合、A社は一体どうすればよいのでしょうか。井上は次のように話します。
「問題は、全社のITを横断的に見る組織(役割)がないことにあります。ビジネスを横断的に見ることができ、IT戦略を立案することができるメンバーを各拠点のビジネス部門とIT部門の有識者から集め、『IT戦略室』を設置し、役割を明確にすることが必要です(図1)。IT戦略室は、経営戦略と各ビジネス部門の事業戦略を踏まえたIT戦略を企画する『ITサービス戦略管理』の役割を担います」
井上がITILの視点から提案したのは、ビジネス部門とIT部門を横断的に見るIT戦略室を組織化することでした。もちろん、その役割は戦略立案だけではありません。
「IT戦略の企画だけでなく、全社のITサービスを、検討中・開発中も含めてリストとして保持する『サービスポートフォリオ管理』を行います。こうすることで、経営計画に合致するITを活用したビジネスイノベーションが実現され、課題であった似たようなシステムの重複といった無駄な投資を排除するようなアセスメントが可能になります」
無駄を排除する需要予測が可能に
組織を横断し、ITサービスの戦略管理を行う組織の構築は重要です。実際の配置に際しては、IT担当役員直属の組織として設置するとよいでしょう。IT戦略室の役割は主にITサービス戦略管理ですが、同時にA社が併せて考えておくべきなのが、「需要管理」と「事業関係管理」です。
A社ではこれまで、ITサービスの需要管理を各担当者の勘や経験に頼っていたために、さまざまなトラブルが発生していました。事業部門が期間限定キャンペーンを打った際、システムに想定していたキャパシティを越えるアクセスが発生したことによる遅延、また結果としてSLA(サービス品質保証)が守れなかったことなどは、その例です。
こうした事態を防ぐ組織がIT戦略室です。ビジネスの活動パターンから求められるITリソースを予測・識別するための需要管理を徹底することで、システムに大きな負荷がかかってもSLAを守れる安定したITサービスを設計できるようになります。反対に、過剰なリソースを専有しているITサービスを見直すことで、コスト削減も実現できます。
もちろん、上記の需要管理を行う上では、IT部門によるビジネス領域への深い理解が必要です。この取り組みは、ビジネス部門とIT部門の間を橋渡しする事業関係管理のほか、ビジネス部門のニーズを考慮しないままITの整備を行うといったIT部門の“独断専行”の防止といった改善を実現します。さらに、常に変化するビジネス部門からの要求に対し、ITサービスを最適なタイミングで提供することも可能になるのです。
このほかに、A社がIT戦略室の重要な役割としたのが「ITサービス財務管理」です。この役割は、ITサービスにおけるコストや収益の算出、および回収のプロセスであり、ITILでは「組織の財源の健全な受託責任を遂行する職務」と定義されています。実際にどのような適用の仕方が考えられるでしょうか。
例として会議室予約機能を想定してみましょう。A社では、多くの企業で行われているように、グループウェアの機能を使って会議室の予約を行ってきました。しかし、予約は基本的に“早い者勝ち”だったため、利用するかどうかわからなくてもとりあえず会議室を押さえておくという社員が増えていきます。結果的に、実際には利用されていない会議室が目立つようになりました。最終的には空いている会議室を予約しないで利用する社員が現れるなど、会議室予約機能は次第に有名無実化していったのです。
この状況に対して効果を発揮するのが、IT戦略室が会議室の利用料をビジネス部門側へ課金するという方法です。課金することにより、会議室の需要をコントロールすることができ、この問題を収束させることができます。システムで手軽に会議室が予約できる分、そうしたサービスには対価が伴う――。「需要管理」「ITサービス財務管理」の考え方に基づくものです。
サービスストラテジの適用だけでも大きな効果
今回取り上げた「ITサービス戦略管理」「サービスポートフォリオ管理」「需要管理」「事業関係管理」「ITサービス財務管理」はいずれも、ITILの5つのライフサイクルのうちの「サービスストラテジ」に含まれる取り組みです。
これらはITサービスを提供する際にどのような領域でどのようなサービスを実現するのかを戦略的に検討するフェーズにあたります。こうしたフェーズに注目してITサービスの改善に取り組むだけでも、非常に大きな効果が期待できるでしょう。
次回は、小売業B社を例に取り上げ、実際にITサービスの設計、運用などにおいて生じる事業およびIT部門の課題を示しながら、その解決の手立てを紹介していきます。
- 井上 誠株式会社クレオ
- 2002年から、さまざまな業務システムSEとしてキャリアをスタートし、100社を超える企業システムの開発プロジェクトに携わる。数多くのIT部門を見てきた経験とITILやITサービス管理への高い知見を生かし、現在はITILエキスパートを取得し、クライアントの課題解決に日々尽力するITサービス管理のエキスパートとして活躍。