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2022.02.15
更新日:
2021.02.09
全2回 IT部門が知っておくべき「行動経済学」とは 《連載:第1回》 なぜビジネスで行動経済学が注目されているのか
本格的なDX時代を迎えつつある現在、IT/情シス部門はこれまで以上に企業成長に資する「攻め」の部署へと変革を求められています。そのためには最新のデジタル技術だけではなく、ビジネスに直結する知識も欠かせません。中でも特に知っておきたいのが、今回紹介する行動経済学です。
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全2回IT部門が知っておくべき「行動経済学」とは
GAFAも注目する行動経済学とは?
まずは行動経済学についてご存じない方のために、簡単に概要を説明しましょう。 行動経済学とは、心理学の理論を応用して、人間の日常生活における経済行動を分析する学問のこと。「人がどのような心理状況の時に、どのように行動するかを研究する学問」と言い換えると、わかりやすいかもしれません。
1990年代からアメリカを中心に発展を遂げてきましたが、卓越した業績を見せるようになったのは21世紀に入ってから。2002年のダニエル・カールマンを皮切りに、2013年、2017年と三度に渡って行動経済学者がノーベル経済学賞を受賞しています。
行動経済学と伝統的な経済学との違いは、理論の前提となる人間観に顕著です。伝統的な経済学では、「人間は自分の利益が最大化するように常に合理的な行動を取る」という考え方でしたが、対する行動経済学は「人間の意思決定は非合理である」という前提に立っています。
それは例えば、負け続けているのにギャンブルを止めない人や、成功の見込みがないのにズルズルと続けているプロジェクトを見れば明らかでしょう。ちなみに行動経済学では、このような既に費やしてしまったコストに執着して非合理的な決定を続けてしまう心理傾向は、〈サンク・コスト効果〉や〈コンコルド効果〉と呼ばれています。〈コンコルド効果〉の由来は、巨額の負債を生み出し続けながらも周囲からの注目と期待ゆえに後に引けず、ついに撤退した例の超音速旅客機です。
現在、行動経済学者の熾烈な奪い合いが展開されているGAFAをはじめ、ビジネスで行動経済学が注目を集めている大きな理由は、行動経済学が非合理な意思決定を未然に防げるだけではなく、消費者やユーザー、あるいは従業員の選択・行動をある程度誘導することができるからです。
アメリカのあるホテルで、タオルの再利用を促進するために行われた実験では、「タオルは再利用してください」というメッセージに比べ、「過去にこの部屋に泊まったお客様の75%がタオルを再利用してくれました」という文言を追加したところ、再利用率が35%ほど上昇したそうです。このような〈ソーシャル・プルーフ(人の同調傾向)〉を誘う手法は、セールスやマーケティングを中心にビジネスのあらゆる場面で利用されています。
当然、今ご覧になっているインターネットの世界にも、行動経済学の知見を使ったノウハウがあふれています。
実はこれもあれも行動経済学だった
例えば有望なビジネスモデルとして、近年多くの企業が参入を始めているサブスクリプション(定額課金)サービス。今やAmazon Primeや Netflix以外にも、自動車やアパレルのサブスクリプションが話題を集めていますが、行動経済学を知っていると多くの人々に利用されている理由がわかります。
鍵となるのが、行動経済学の基盤である〈プロスペクト理論〉です。プロスペクト理論とは、「人は理論的には他の選択肢の方が期待値は高くても、直感的にリスクの小さい選択肢を選んでしまう」といった、損失回避の心理傾向を指します。まさにサブスクリプションサービスに契約する際の、累計では多額な料金を払う可能性があっても、「毎月これくらいの支払いなら良いか」と気軽にポチッとしてしまう心理状況、と言えるのではないでしょうか。さらにサブスクリプションには、一旦利用を開始すると、無意識のうちに「現状を変えたくない」という〈現状維持バイアス〉が働き、なかなか解約しなくなるという魔力もあります。
他には、セールスを目的としたECサイトやバナー広告、ランディングページ(LP)なども、細部に至るまで行動経済学の知見が活用されています。
もっとも顕著なのがキャッチコピーでしょうか。『まだ高い通信料金を払い続けますか?』『マンション選びで失敗したくない方へ』というような、「この商品・サービスを使えば得します」ではなく、「この商品・サービスを使わなければ損をしますよ」というコピーをよく目にしますが、これは先ほど挙げたプロスペクト理論の〈損失回避の法則〉を利用したもの。同じ情報でも提示の仕方によってまったく違う印象を受ける〈フレーミング効果〉を利用して、「1ヵ月9,000円」を「1日300円」「コーヒー1杯分」と記載するのも定番です。
価格表記と言えば、割引前の価格を並べて表記するのも一般的なノウハウです(アンカリング効果)。人は価値の大小を判断する際に基準となる情報に左右されてしまう傾向があり、同じ9,800円でも、ただ9,800円と書かれているより、「15,980円 ⇒ 9,800円」という表記のほうが安く感じるのだそうです。
目立たないものの、思わず感心してしまうのが、〈デフォルト効果〉を利用した手法です。ECサイトで商品を購入すると、「無料メルマガを配信してよろしいですか?」と問われることが一般的ですが、ほとんどの場合、あらかじめ「はい」や「無料購読する」にチェックが入っているのをご存じでしょうか。あれは、「人は初期設定(デフォルト)の状態に選択が左右され、わざわざ変えようとしない傾向がある」というデフォルト効果を狙ったものなのです。
以上のようにセールスやマーケティング領域で利用が進んでいる行動経済学ですが、では、IT/情シス部門の業務にはどのように活かすことができるのでしょうか。次回紹介しますので、お楽しみにお待ちください。